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広島地方裁判所 昭和52年(わ)471号 判決 1978年9月11日

主文

被告人を禁錮六月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(被告人の経歴及び本件犯行に至る経緯)

被告人は、昭和三五年三重県立大学水産学部を卒業し、同年甲種二等航海士、昭和三七年甲種一等航海士更に昭和四二年九月八日甲種船長の各海技免状を取得し、昭和三五年から同四二年まで遠洋まぐろ漁船、同年から昭和四五年一〇月まで冷凍貨物運搬船に乗組み、昭和四五年一一月一日日本カーフェリー株式会社に入社し、爾来昭和四八年一一月まで同会社の長距離フェリーの一等航海士として、同年一二月からは長距離フェリーの船長として勤務していた。被告人は昭和五〇年六月三〇日から宮崎県日向市細島港―広島港間の定期航路に就航した旅客フェリー「ふたば」(総トン数一、九三三・〇六トン、船体の長さ七五・四九メートル、船体の最大幅一五・五メートル、機関ディーゼルエンジン、推進機二基、航海速力一六ノット、主機エンジンリモートコントロール装置などの航海計器配置、((以下ふたばという。)))の船長として操船指揮等の業務に従事していた。ふたばは昭和五一年七月二日正午被告人以下二九名の乗務員のほか旅客五八名及び車両二四台を乗せて宮崎県日向市細島港から広島港に向け定時に出港し、日向灘及び豊後水道を北上したが、台風七号の影響で風やうねりが強く、速力を調整しながら航行したため、定刻より約三〇分遅れて同日午後四時五五分ころ愛媛県佐田岬沖を通過した。被告人は午後七時一五分ころセンガイ瀬灯標から五七度約三海里沖合で船橋に入り、午後七時二〇分ころそれまで操船を担当していた同船の一等航海士恵良賢吾と交替して自ら操船の指揮をしながら航海速力である速力約一六ノットで針路を三〇度(真方位、以下同じ。)に定針して航行したが、そのころには気象・海象条件が、風速一メートル以下、視界一〇キロメートル以上の薄暮、天候晴、波浪は全くなく潮流北流一ノットの状態と好転し、第二基準航路の運航基準を具備していたので、前記の台風による遅れをとり戻すため同船の第一基準航路である怒和島水道経由より七、八分運行時間を短縮できる第二基準航路である諸島水道ミルガ瀬戸(以下、ミルガ瀬戸という。)を通過しようと考え、午後七時三五分ころ山口県東和町片山島東方の大石灯標(北緯三三度五五分、東経一三二度二八・五分)を左舷正横約〇・三海里に見る地点に至った際、針路を〇度に変針し、更に午後七時三七分ころ針路を一〇度に変針して自船船首を同瀬戸中央部に向けた際、船首左約五度約三・五海里前方に同瀬戸に向って南下中の大型貨物船グレート・ビクトリー号(国籍パナマ、総トン数七、五一九・六五トン、何長偉船長以下四〇名乗組み、船体の長さ一五〇・九五メートル、船体の最大幅一九メートル、機関ディーゼルエンジン、航海速力一四・五ノット、((以下グ号という。)))を発見した。

(罪となるべき事実)

被告人は、同日午後七時三八分ころ船橋で見張りをしていた恵良一等航海士から、「反航船は同瀬戸最狭部まで約一・二海里、ふたばから同最狭部まで約一・八海里の位置にあり、このまま進行すると最狭部付近で出合う。」旨のレーダー確認報告を受けたが、そのころふたばの左前方串ヶ瀬瀬戸からフェリーが横切って来るのを認めたため自船は針路、速力を保持しながら右恵良に命じて昼間発光信号器により同船に疑問信号を発して右転を促して同船をかわし、その後午後七時四一分ころミルガ瀬戸において航路筋の右側を進行すべく一二度に変針して同速力で進行したが、その際グ号はなおも何らの信号も発しないまま自船船首左約五度前方約一・四海里付近を緑灯(右舷灯)を見せて同瀬戸の航路筋の左側を進行してくる状況にあり、このままでは両船の速度関係からグ号と自船はミルガ瀬戸の最狭部付近で行き会うことがほぼ確定的となり、しかもグ号は七~八、〇〇〇トンの大型船であり、同瀬戸はその最狭部情島よりに暗礁がある可航幅四〇〇メートル弱のS字型に屈曲する狭い水道であることなどからすれば、従前の互いの速力で無事に通過できるか疑問であるばかりか、グ号が暗礁等を避けて安全を期して水道の中央寄りを航行することも十分考えられ、このままでは衝突する危険が予見できたのであるから、このような場合被告人としては、横切り船との航過が終了しふたばが針路・速力保持義務から解放された午後七時四一分ころから、スタンバイスピードである一二ノットに減速するのはもちろん、状況に応じいつでも機関停止・後進全速や激右転等の措置によって安全に停止あるいは右転できる程度に十分減速して進行し、もって衝突事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、自船が航路筋の右側を進行すれば、グ号も荒神鼻に至るころには航路筋の右側を進行すべく、右転し、互いに左舷を体して無事に航過できるものと軽信し、午後七時四一分ころ及び四二分ころの二回恵良に命じて昼間発光信号器により短光一回の針路信号を発し、その後汽笛及び灯火連動の針路信号を一回なしたのみで小角度の右転を続けながら前記速力のまま進行し続けた過失により、午後七時四三分ころ自船々首前方八〇〇メートルに接近し荒神鼻正横に至ったグ号がなおも右転の気配がないことに気づきはじめて衝突の危険を感じて、操舵手に面舵(スターボード)転針を命じるともに、主機エンジンリモートコントロールハンドルを操作して速力を一二ノットに減速し、汽笛及び灯火連動の針路信号を一回行い、続いて面舵一杯(ハード・スターボード)を命じたが間に合わず、午後七時四四分過ぎころ諸島西端からほぼ西北西七五メートルの海上において、自船の左舷中央部をグ号の船首に衝突させ、よって、ふたばを同日午後八時四〇分ころ転覆、次いで同日午後九時一五分ころ愛媛県温泉郡中島町竹ノ子島山頂から三一五度約九〇〇メートルの地点(北緯三三度五八・六八分、東経一三二度二九・四分付近の海面)において沈没させるとともに、同船の旅客福本洋子(当時二一年)、同柚木章(当時五六年)、同田上重雄(当時五二年)、同長谷川悠(当時二八年)及び同船の甲板長川岡保則(当時四三年)を頭蓋底骨折等によりそれぞれ死亡するに至らせたほか、別紙負傷者一覧表記載のとおり、同船旅客永見和彦ほか九名に対しそれぞれ加療約三日ないし一ヶ月間を要する頭部外傷等の各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)《省略》

(判示認定の補足説明)

弁護人は、本件衝突現場であるミルガ瀬戸は改正前の海上衝突予防法二五条一項(昭和五二年六月一日法律六二号の現行法九条一項とほぼ同文、以下旧法を掲げる。)の狭水道に該り、グ号及びふたばは航路筋の右側を航行し、左舷対左舷で航過しなければならない水道であるから、グ号が同法に従って遅くとも情島東端荒神鼻を正横に見る地点で水路の右側に沿うべく右転舵していたならば本件衝突は避け得たと考えられる。したがって同法を遵守していた被告人には信頼の原則が適用され両船の衝突についての予見可能性はなく、グ号の違法行為に備えて予め速力を減ずる等の措置をとらなかったとしても何ら過失はない、旨主張する。

そこで、この点を中心に被告人の過失の存否について検討を加えることとする。

一  まず、前掲関係各証拠によれば、次の各事実が認められる。

(1)  本件衝突現場である諸島水道は、広島湾と伊与灘を結ぶ水道中最も短く、津和地島と西方の情島との間にあり、更に諸島によって東西の二水道に分かれる。本件衝突はそのうち西水道のミルガ瀬戸内で発生したものであるが、同瀬戸はその最狭部、すなわち情島東端荒神鼻と諸島西端の突出部との間の水域の幅約五〇〇メートルで、海図によればその諸島側は一〇メートル等深線の外側から急に深くなっているのに対し、荒神鼻先端部付近には暗岩のマークのほか五メートル、一〇メートル及び二〇メートル等深線が記入され、約五〇メートルの礁脈が突出し、可航幅四〇〇メートル弱で、怒和島水道、クダコ水道に比較して幅が狭いうえ、夜標もなく全体としてS字型に屈曲しているため、北行船南行船とも最狭部付近で変針しなければならない大型船にあっては航行困難な水道である。海上保安庁が船舶の安全航行のため推薦した推薦航路は本件水道の航路筋の中央よりやや東方に寄っており、海上保安庁が発行した瀬戸内海水路誌には注意事項として、「この水道を通航中に大角度の変針は禁物である。」「ミルガ瀬戸を通航中は針路に気をとられずに水道の中央を通過するように注意する。」との記載がある。

(2)  被告人は宮崎県日向市細島港―広島港間を二七三回往復航海した経験を有しているが、視界や潮流等に条件が付されている第二基準航路である諸島水道ミルガ瀬戸を通過したのは一七回ないし一八回で、しかも同瀬戸で反航船と航過したのは二、三回にすぎず、本件のような大型船と航過するのは今回が初めてであった。

(3)  被告人は、六〇〇〇トンから七〇〇〇トンの大型貨物船のグ号が航路筋の中央より東側、すなわちふたばにとって航路筋の右側を、相当の速力(約一四ノット)で南下している状況にあることを現認し、見張りをしていた恵良一等航海士から、ふたばが同水道最狭部から約一・八海里の地点及び約一・二海里の地点にあった際の二回「このまま進めば最狭部付近で両船が行き合う。」旨のレーダー確認報告をうけながら、七時四一分ころ右に一二度変針した際、恵良に指示して昼間発光信号器で右転舵の針路信号として短一光を発したのみで、相手船に対して前記海上衝突予防法に従った注意喚起信号あるいは疑問信号は送っていない。

(4)  通常ふたばが同瀬戸を通過する際は大石灯標から約〇・七海里の地点で〇度に転針し、同瀬戸の航路筋の右側部分に直行するのに、本件衝突事故発生日は約〇・四海里手前で〇度に転針し、同瀬戸の航路筋の右側部分に向かうために、薄暮の中を小角度の変針を続けて斜行し、相手船にその針路がわかりにくい運航をなし、現に被告人が一二度、一三度、一五度と変針してもグ号の方位に変化は認められなかった。

(5)  航行中の二船の間に働く相互作用の影響をうける範囲を判断するについて船体の長さが重要な要素であるところ、グ号の船体の長さは約一五〇メートルであり、ふたばの船体の長さは約七五メートルであるが、被告人は相互作用の影響を受けないで安全に航過するための距離及びグ号の船体の長さについて顧慮して航行しておらず、船間距離を一〇〇メートル位おけばよいと漠然と考えていたものである。

二  ところで、諸島水道ミルガ瀬戸の航法について海事専門家の証言するところは、以下の如くそれぞれ見解が対立している。

元高等海難審判庁首席審判官、海事補佐人太田垣虔甫は、二船間に吸引・反発の相互作用が生じるのは両船間の距離が両船の船体の長さの和あるいはその八掛(八割)位であると考えるが、「安全」であるかどうかはそれだけでは決しえず、主観的な面も含み、狭水道航法に従う度胸のある人とない人がいると思う、ミルガ瀬戸の可航幅は約三四〇メートルであるから、グ号とふたばは安全に航過できないので、海上衝突予防法二五条一項の適用はなく、一船づつの航行をしなければならず、避航可能なふたばが水道の入口で待つべきである、しかし、速力の影響が非常に大きいので速力を減じれば安全に航過できると考える。但しふたば約一六ノット、グ号約一四ノットの速力のままでは危険である、一般に大型船はできるだけ中央を通りたがるがミルガ瀬戸の場合三、〇〇〇トン以上の船は、荒神鼻の暗礁が心理的圧迫となり他方諸島側は断崖となって水深が深いことから、右を通ろうと思えば通れないことはないとしても、少しでも危険を伴う航法を避けたいという気持から水道の真中を通りたいと考えると思う、旨供述している。

他方、海技大学教授福井淡は、二船間の相互作用は両船の間の距離が両船の船体の長さの和以下で影響が現われ、その半分になれば著しく危険になる、したがって海上衝突予防法二五条一項の適用がある狭水道であるかどうかは船の大小によって左右されるが、速力さえ落とせば船体の短い方の船の長さだけ間隔をおけば航過することも可能である、ミルガ瀬戸は可航幅約三六〇メートルで決して広い水道ではないうえ、地形や変針の関係から慣れておらず、船が大きくなればなるほど心臓が縮み上がるような思いをすると思うが、安全な速度に減速すれば通れないことはない、しかし、本件の場合そのままの速力では二船は安全に航過できないと考える、狭水道に入る際速力を落とすことは船員の常務であって通常はスタンバイエンジンにして減速する、この点ワシントン海事会議で明文化の動きがあったが、狭水道通航の場合の当然の前提であり船員の常務であるとして見送られたことがある、旨供述している。

更に、東京商船大学助教授久々宮久は、相互作用が顕著になるのは船体の長い方の船の長さ以下の幅しか二船間に距離がない場合である、グ号が荒神鼻を正確に見る地点で右転舵すれば、そのままの速力のままでも相互作用等の影響をうけずに無事航過できたと考える、しかし、ミルガ瀬戸のような狭い屈曲した水道で両船が行き会う場合に、船長としては船体の長い方の船の長さだけ間隔を置いたからといって安心して行き会えないのは事実であって、相互作用の面ばかりではなく周囲に障害物があることから不安を感じると考える、仮に前記航法の通り操船したとして、グ号の船長は緊張の極にたってこれを操船すると思うし、ふたばの船長も同じように緊張すると考える、私がふたばの船長であれば最狭部での行き会いは避ける、旨供述している。

以上によれば、本件ミルガ瀬戸がそもそもふたば、グ号の二船間にあって海上衝突予防法二五条一項の適用があるか否かの根本的疑問さえ生じる。現に本件についての海難審判は、一、二審とも両船がその進行方向に対して航路筋の右側を航行することが安全であり、かつ実行に適するとはいい難いとして同条項の適用を否定している。

三  本件公訴事実は、一応本件につき右海上衝突予防法二五条一項の適用を前提としており、この点弁護人も異論のないところであり、当裁判所も前掲各証拠を検討したうえ本件水道が同法の適用ある狭水道と認めるが、それにしても前記一で認定した本件水道の地形、水深、可航幅、操舵方法、水路誌記載の注意事項、グ号及びふたばの船体の長さ、総トン数、具体的航行状況、信号交換状況等にかんがみれば専門家の意見さえ区区に分かれるほど両船の航過が「安全」であり且つ「実行に適する」か否か微妙な水道であり、操船者にとって海上衝突予防法二五条一項の適用があることが自明であるとは到底いえないことは、これを認めざるを得ない。南行するグ号のような大型船の船長の中には、本条項の適用があると判断して航路筋の右側に就くべく操船する船長がいる一方、適用されないと判断するか、荒神鼻付近の暗礁に心理的影響を受けてより安全な航路筋の中央あるいは左側を航行すべく操船する船長がいることは当然予見しうるところである。

されば、旅客の生命、財産を預っている船長たる被告人に対して、単に本件ミルガ瀬戸に本条項の適用があるので相手船が右転してその航路筋の右側に就いてくれるとの信頼のみで本件水道を航行することを到底是認できるものではなく、本件は弁護人所論のような信頼の原則を適用すべき事案ではないと考える。したがって、グ号が遅くとも荒神鼻を正横に見る地点で右転舵してくれるものとの被告人の信頼は法的保護に価せず、被告人としてはグ号との行き会いを前提として敢えて本件ミルガ瀬戸を航行しようとする以上船員の常務としてスタンバイエンジン等によるある程度の減速措置をなすにとどまらず、本件のような具体的事実関係のもとでは、グ号が右転せずに直行してくる場合も慮っていつでも機関停止・後進全速や激右転等の措置によって安全に停止あるいは右転できる程度に十分減速しなければならない客観的注意義務があったというべきである。

(法令の適用)

被告人の判示所為中業務上過失往来危険の点は刑法一二九条二項、一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、福本洋子ほか四名に対する各業務上過失致死及び永見和彦ほか九名に対する各業務上過失致傷の点はいずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するが、右は一個の行為で多数の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により全体を一罪として刑期及び犯情の最も重いと認められる福本洋子に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用してこれを被告人に負担させることとする。

(量刑の事情)

被告人は、甲種船長の資格を有し、本件事故当時旅客フェリーふたばの船長として旅客及び船員合計八六名の人命及び多額の財産を安全に運行すべき重大な職責を有していたにもかかわらず、既に認定したとおり、約七、五〇〇トンの大型貨物船であるグ号が接近し極めて危険の多い本件水道の最狭部付近で行き合うことを予想しながら自船が水道の右側通行しさえすれば安全に航過できるものと軽信し、狭水道航行における船員の常務であり且つ本件の具体的状況のもとでは殊に重要と認められる減速義務を怠って、一六ノットの航海速力のまま漫然進行した過失により本件衝突事故を惹起したもので、その過失の程度は決して軽くはないと考える。本件事故により自船を沈没させて一〇数億円にも及ぶ物的損害を与えたばかりではなく、なによりも被告人の船長としての操船を信頼して安心して乗船していた旅客のうち多数の死傷者を出し、特に死亡者のうち三名は今日に至るまで遺体の収容すらできておらず、これら遺族の悲しみは計り知れないものがあると考えられその結果はまことに重大である。以上によれば被告人の刑責は重いと言わざるを得ない。

しかし、なんといっても本件衝突事故の第一次的原因はグ号の何長偉船長が本件ミルガ瀬戸が海上衝突予防法二五条一項の適用がある狭水道に該当することに思い至らず、当初ふたばが航路筋の左側に入るように進行していたためそのまま進行するものと誤認し、狭水道航行の原則である右側通行をせずにふたばから発せられた針路信号を理解しないまま左側を漫然進行した過失にあるものと言わざるを得ない。そのうえ同人は本件衝突後船長として当然とるべき相手船ふたばへの救助措置を何ら講ぜずあまつさえふたばの船体へくい込んでいたグ号を後退させたため、衝突箇所から海水を侵入させてふたばの沈没を早めたうえ瀬戸内海を航海した経験も少なく、また諸島水道を通過するのは今回が初めてであったのにもかかわらず、水先案内人を付けたり、事前に同水道の状況を十分調査検討しておらず、その操船態度には慎重さに欠けるところがあったなど同船長の落度は被告人のそれよりも重大である。更に被告人にはこれまで海難事故等の前歴や前科はなく、真面目に航海士あるいは船長としての職責を果たしてきたこと、本件事故について海難審判庁において甲種船長としての業務停止一ヵ月の行政処分がなされ、それを機に勤務先を退職し現在失業中であり、社会的な制裁を受けていること、本件事故により死亡した者らの遺族に対する補償金及び負傷者らへの見舞金等の支払は全てすでになされていることなど被告人にとって有利な諸事情を全て参酌すれば、被告人に対し主文掲記の禁錮刑に処してその刑責を明確にしたうえ、右刑の執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野曽原秀尚 裁判官 正木勝彦 永松健幹)

<以下省略>

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